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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)967号 判決

名古屋市港区南陽町大字茶屋後新田字口ノ割四五〇番地

原告

成田稔

右訴訟代理人弁護士

大友要助

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

岡崎真喜次

遠藤孝仁

和田真

丸山一之

柴田良平

高橋直美

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四、一二四万〇六七〇円及び内金三、〇〇〇万円に対する昭和五八年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (原案の経過)

(一) 原告は、不動産仲介を業とする者である。

(二) 訴外名古屋鉄道株式会社(以下「名鉄」という。)は昭和三五年当時、知多中央道の開設及び名鉄内海線の敷設を予測し、これに隣接する愛知県知多郡武豊町警固山地区、別曽池地区、常滑市小鈴谷地区(以下「本件地区」という。)の開発を目論み、右地区約五〇万坪の買収を計画し、原告にこれを依頼した。

(三) 原告は、昭和三六年から昭和三九年にかけて名鉄に対し、右地区の山林約一三万余坪(以下「本件土地」という。)の買収を仲介(以下「本件取引」という。)した。

(四) 原告は右の仲介に際し名鉄から仲介料として立木補償金名下に取引額の三パーセントの手数料を受け取る約定に基づき、昭和三七年二月二〇日に金二一六万三、三〇〇円、昭和三八年一月三〇日に金一九九万二、〇〇〇円、昭和三九年一月三一日に金三〇〇万円(合計金七一五万五、三〇〇円)を受け取つた。

(五) 原告は前記(三)の収入を原告が代表者である株式会社名古屋不動産取引会事務所(以下「取引会」という。)の名をもつて納税済みである。

(六) しかるに中川税務署長(以上「税務署長」という。)は、原告が本件取引により他に相当な利益をあげているものと考え、昭和三九年以降岡崎昭(当時名古屋国税局直税部所得税課職員。以下「岡崎」という。)ら数名の係員をして原告の税務調査を行つた。(以下「本件税務調査」という。)

(七) 税務署長は右の税務調査に基づき、昭和四〇年三月四日付けで原告の昭和三六年ないし昭和三八年分(以下「本件課税各年分」という。)の所得につき別紙(一)〈1〉記載のとおりの所得税決定並びに無申告加算税及び重加算税の賦課決定(以下「本件賦課処分」という。)をし、同時にその滞納処分として原告所有の不動産、動産等のみならず訴外成田なみ外三名共有にかかる建物を差押えた(以下「本件滞納処分」という)。

(八) 原告は本件賦課処分を不服として昭和四〇年四月二日税務署長に異議申立てをしたところ、審査請求として取り扱うことの同意を求められて同意した。

名古屋国税局長は、昭和四一年四月一八日付で別紙(一)〈Ⅱ〉記載のとおり、昭和三六、三七年分については審査請求棄却、昭和三八年分につき一部変更の裁決をした。

(九) 原告は、所轄税務署長を被告とし、昭和四一年七月一八日前記所得税及び重加算税の賦課処分取消しの訴え(当庁昭和四一年(行ウ)第二九号所得税等の決定処分取消請求事件)を提起し、昭和五三年七月一〇日別紙(一)〈Ⅲ〉記載のとおり請求棄却の判決(以下「別件一審判決」という。)を受けた。

(一〇) 右一審判決に対し、原告が控訴(名古屋高等裁判所昭和五三年(行コ)第二二号所得税等の決定処分取消請求控訴事件)したところ、昭和五七年七月二八日別紙(一)〈Ⅳ〉記載のとおり営業所得の認定を変更する旨の判決(以下「別件二審判決」という。)を受け、右判決は確定した。

(一一) 原告は右二審判決に従い全額を納付した。

(一二) しかるに名古屋国税局は、昭和五七年九月一〇日第三四号をもつて右所得税に対する昭和四〇年四月五日以降の延滞税金一、一二四万〇六七〇円の支払を通知してきた。原告はこれに対し、取消請求の訴え(当庁昭和五八年(行ウ)第一号延滞税賦課処分取消請求事件)を提起したが、右訴えは却下された。

2  (損害及び因果関係)

原告は、本件税務調査、本件賦課処分及びこれに基づく滞納処分により、以下の損害を被つた。

(一) 名鉄への出入禁止(営業停止)

原告は名鉄との特別関係で、同社の不動産購入を一手に引き受け、特に知多中央道開発の一翼を担つて本件地区の土地買入れの仲介を専業とし、少なくとも年間金二〇〇万円の収入をあげていた。ところが本件の脱税容疑で税務調査を受けるに至り、名鉄から本件地区の五〇万坪買入れ中止を宣言されたのみでなく、一切の出入りを禁止された。この面で失われた収入は、年間収入金二〇〇万円として昭和四〇年から昭和五三年まで一四年分だけでも少なくとも金二、八〇〇万円を下らない。

(二) 信用失墜及び金融塗絶による損害と慰諸料

原告は不動産業界の要職にあつたところ、脱税訴追により信用を失い、一切の要職を辞任せざるを得ず、得意先を失い取引委託をなくした。

また、原告は本件滞納処分により金融拘束を受け転業もかなわず、生活費を親戚から借りて生き延びてきた。

その信用、名誉失墜等による損害に対する慰諸料は、金二〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用

(1) 処分取消請求分 金六〇〇万円

原告は、大友要助弁護士に別件の訴訟の提起・追行並びに同控訴の提起及び控訴審における訴訟の追行を委託し、その着手料及び報酬として金六〇〇万円を支払つた。

(2) 本件損害賠償請求分 金二〇〇万円

原告は右弁護士に本件訴訟の提起・追行を委託し、その手数料及び報酬として金二〇〇万円の支払を約定した。

(四) 延滞税

原告に対し前記1(一二)のとおり延滞税金一、一二四万〇六七〇円の納付義務が確定したが、原告は正当な賦課であれば完納し、延滞するはずがないものであるから、これは税務署長の不当な本件賦課処分によつて発生した損害である。

3  被告の責任

(一) 過失の推定

前記1(一〇)のとおり、別件二審判決は、所轄税務署長のなした本件賦課処分を一部違法として取り消し、同判決は確定した。また、これに伴い本件滞納処分も一部違法となり取り消された。この事実のみをもつて、担当の公務員の故意、過失の要件が推定されるものというべきである。

(二) 岡崎及び所轄税務署長らの故意過失

(1) 本件取引が売買ではなく、仲介にすぎないことは、原告があらかじめ名鉄から買入資金を受けていたこと、原告がいつたん買い入れた形をとつた本件土地が数日中にすべて名鉄に買い受けられたことからも明白である。原告は名鉄の指示価額をそのまま籾山弥八「以下「籾山」という。)ら現地の仲介業者に伝え地主と接衝させたうえ、同一価額(なお、これには既に坪当り一〇〇円の籾山ら現地仲介人に対する手数料が上乗せされている約定となつていた。)を支払つて同人らから買入れて名鉄に納入し、自らは立木補償金名下に取引額の三パーセントを仲介料として受領しただけであつて、原告には他に売買差益等の利益が存しない。

本件取引は単なる仲介に過ぎない。このことは、原告がかつて名鉄に対し、昭和三八年五月、名古屋市西区松前町所在の宅地(名鉄病院の隣接地)一〇〇坪の買収を仲介した件で、税務署長がこれを原告が坪当り九万円で買入れたうえ一九万円で売渡し、売買差益坪当り一〇万円(合計一、〇〇〇万円)を得たとして賦課処分をしたのに対し、審査請求の結果、坪当り一万円(合計一〇〇万円)の仲介料の支払を受けたに過ぎないと判明したように自明のことである。

しかるに税務署長が本件取引を売買であると認定したのは、主任調査官岡崎又は税務署長の明らかな故意過失に基づくものである。

(2) 所得税務署長は、本件取引による売買差益について、原告が地主の税金対策上、売買契約書の代金を実際の取引価額の約半額に表示して残額を裏取引とし、合計額が名鉄の指示価額に一致する表、裏二通の領収書を作成した点をとらえ、地主の申出額をもつて原告の買入価額とし、名鉄の指示価額との差額が原告の売買差益であると認定した。

しかし、原告は籾山らに対し、名鉄の指示価額の金員をそのまま交付したのであるから、仮に籾山らが地主から右金額よりも安く買い入れたとしても、それは籾山らの所得であつて原告にはなんら関係がない。

そもそも私企業である名鉄が、あらかじめ価額調査した上でなした買入れ指示価額が、原告に倍の利益を得させるなどということはおよそ考えがたく、岡崎及び所轄税務署長の右判断は、明らかに経験則に反した過失がある。

(3) また、調査担当官は一般に所得を裏付けるに足る資産増を調査する義務があるというべきところ、岡崎は右認定の所得を裏付ける資産増について調査したがこれを把握できなかつた。被告主張にかかる原告家屋の再建は、親類縁者の拠出金により昭和三五年になしたもので、本件取引による利益とは全く関係がない。原告には同居家族を含めて、先祖伝来の田畑以外は僅か十数万円の預金がみられたのみで、資産増が全然ないことが証明された。にもかかわらず、岡崎及び税務署長はこれを無視して強引に右のような所得の認定をした故意又は過失がある。

よつて、原告は、被告に対し前記2(一)ないし(三)の損害のうち金三、〇〇〇万円及び2(四)の損害金一、一二四万〇六七〇円並びにうち金三、〇〇〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五八年四月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1の(一)、(二)及び(四)ないし(一二)の各事実はいずれも認める。同(三)の事実中、本件取引が仲介であることは否認し、その余は認める。

2(一)  請求の原因2の(一)の事実について、昭和三九年に税務調査を行つたことは認め、その余は否認する。

本件税務調査は適法であり、仮に名鉄への出入禁止あるいはこれに伴う損害があつたとしても、両者にはなんら相当因果関係がない。

(二)  請求の原因2の(二)の事実は不知ないし否認する。

(三)  請求の原因2の(三)の事実は不知。

(四)  請求の原因2の(四)は争う。

原告が損害として主張する延滞税は、別件二審判決で正当なものとして維持された本件課税各年分の本税を基礎にするものであつて、原告が違法と主張する本件賦課処分の適否にかかわらず法律上当然に発生し、原告がこれにつき納付義務を負うものであるから、両者には相当因果関係がない。

3(一)  請求の原因3の(一)は争う。

国家賠償法一条は違法な公権力の行使により他人に損害を加えたときでも、当該処分の行使に当たつた公務員に違法の認識における故意過失があつた場合に限つて国に賠償責任を課す建前をとつている。行政処分は法令に適合してなされることが要求されるのであつて、当該処分に当る公務員が必要な調査を行つた結果その時点で明らかとなつた事実に基づき、職務上要求される通常の法律上の知識、経験法則を駆使して正当と判断してなした処分が、事後において上級官庁、裁判所の判断により違法と判定されたとしても、そのことから直ちに当該公務員に故意過失があつたものと推断することはできない。

ただし、税の賦課決定のように毎歴年多数大量に反覆してなされる行政処分にあつては、税務署長としては管内多数の納税者について制限された更正期間内に必要な調査をなして決定することを余儀なくされているものというべく、裁判におけるような慎重、かつ、高度の注意義務を要請することは、事の性質上不可能であり、ことに本件のように司法判断においても一審判決と二審判決とで結論を異にするというような極めて複雑微妙な事案においてはなおさらである。

したがつて、所轄税務署長の処分が司法判断によつて一部取り消されたからといつて、担当公務員の故意過失が確定されるとの原告の主張は失当である。

また、原告は滞納処分についても賦課処分が違法であれば担当公務員の故意過失が推定されると主張するが、賦課処分と滞納処分は別個独立の行政処分であるから、賦課処分が違法であるからといつて滞納処分が違法となることはなく、まして賦課処分の違法をもつて滞納処分の担当公務員の故意過失が推定されることはあり得ない。

(二)(1)  請求の原因3の(二)の(1)は争う。

本件取引が単なる仲介ではなく売買であることは、別件一、二審判決でも一貫して認定されている。したがつて、所轄税務署長が本件取引を売買と認定したことは全く当を得たものであつて、これらの調査等に担当公務員の故意過失があるということはあり得ない。

(2) 請求の原因3(二)(2)は争う。

原告は本件課税各年分について所得税法に規定する所得税の確定申告書を提出せず、所轄税務署の係員らが原告に対し営業所得金額算定のための資料を提出するよう求めても、帳簿等の記帳、関係書類の保存をしていないとしてこれに全く応じなかつた。そこで税務署長はやむを得ず本件取引先である名鉄及び名鉄不動産株式会社(元名鉄不動産部を独立させたもの。以下「名鉄不動産」という。)に対し反面調査を実施し、その会計帳簿、証拠書類等から別紙(二)「〈1〉売上額」欄記載のとおり売上金額を把握した(売上金額については争いがない)。

本件土地の仕入金額については、原告と籾山との間の取引価額を裏付ける各種の原始記録の作成・受領・保存が全くなく、籾山は地主との間で売買契約を締結するに際し、その希望した課税対策上の金額による売買契約書と領収書及び領収金額の記載のない領収書を地主らに作成させて、これを原告に交付している状況であつて、税務調査に際して原告の協力が全く得られなかつたためその実額把握は不可能であつた。そこで税務署長は次の方法により仕入金額を推計した。

(i) 推計の基礎として名鉄への反面調査により把握できた本件土地の売却年月日順及び売却地域別一覧表を(別紙(二))のように作成した。

(ii) 推計にあたり、各地主に対し面接あるいは書面照会により個々の譲渡金額の把握につとめ、その検討の結果、仕入月日、地域等からみて実際の金額を表わしていないと思われる者を抽出した。

(iii) 前項で抽出した者のうち、大口で再検討を要すると認められる者につき再度実地調査を行い、その実譲渡金額の把握につとめた。

(iv) 実額の把握できないものについても右の調査結果を基にして、実地調査の際に聴取した個々の事情等を考慮の上、同一地域で同時期に仕入れられたものの最高取引価額をもつて推計し、別紙(二)「〈2〉仕入額」欄記載のとおり籾山の仕入金額と認定した。

(v) 右籾山の仕入金額に、資産負債増減法により算出された籾山の本件土地の取引に伴う売買差益金額(現地仲介人手数料坪当たり一〇〇円による利益を含む)を加算したものを、原告の本件土地の仕入金額と推計した。

以上の推計金額につき、籾山は調査担当官の質問に対し「この金額に相違ない」旨認め、かつ、これに基づき修正申告をしている点も、税務署長の右推計の合理性を裏付けるものである。

右のとおり、税務署長は本件賦課処分をするに当つて、推計のための事実認定の基礎資料が確実であるかどうか、また、その資料を基に経験則その他に照らし合理性のある推計方法か否かにつき充分検討した結果、右の推計方法を採用したものであつて、右の判断が一見明瞭な事実認定の誤り等をおかしているものでにない。

したがつて、税務署長らが前記のような推計課税の方法を採用したことが、不注意又は怠慢などの責に帰すべき理由に基づくものでない以上、税務署長又は調査担当官岡崎に過失があるものとはいえない。

(3) 請求の原因3の(二)の(3)は争う。

所得税法は事業所得の金額について、「その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」と規定しているのであつて、必ずしも資産増を把握しなければならないものではない。

税務署長は本件土地の取引に関する利益にかかる資産増を把握するため、原告の資産調査をし、次の事項が判明した。

(i) 原告は本件土地の買入れ資金として、名鉄から本件課税各年だけでも二億数千万円もの前渡金を預金口座に振込ませ、多数回にわたる出金は殆んど現金でなされていること。

(ii) 原告は昭和三六年から同三七年にわけて自宅の改築費用として約三〇〇万円を支出し、名鉄からの前渡金をこれに流用していること。

(iii) 原告は昭和三六年五月二八日から同年六月二八日まで一か月間の欧州旅行、昭和三八年五月二九日から同年六月二八日頃まで一か月間のアメリカ旅行をしていること。

しかし結局、調査しても本件土地の取引による売買利益に相当する資産増は確定できなかつた。これは本件のように多額の前渡金が多数の支払先に多数回にわたりすべて現金でなされているという特殊な事案においては、原告からの積極的な説明ないし協力が得られない以上やむを得ないことであり、原告が前渡金を架空名義又は無記名預金等にして隠匿し資産化を図つている可能性も経険則上十分推測されるところであつて、資産増の把握ができなかつたことをもつて本件賦課処分をなすにつき担当公務員に過失があつたということはできない。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因1記載の各事実(但し、同(三)の事実中、本件取引が仲介であるとの点は除く。)及び同2の(一)の事実中、昭和三九年に原告に対する税務調査が行われたこと並びに同2の(二)の事実中、本件賦課処分に伴う滞納国税に基づく滞納処分として原告所有の不動産、動産等及び第二次納税義務者訴外成田なみ外三名共有にかかる建物が差し押さえられたことは当事者間に争いがない。

二  しかして、本件賦課処分の一部を違法として取り消した別件二審判決が確定したことは当事者間に争いがないところ、原告は、右事実をもつてしても担当公務員の故意・過失の要件が推定されるものというべきである旨主張するので、まずこの点について判断する。

本件賦課処分が判決により違法として取り消されたというだけで直ちにかかる処分又はこれに基づく本件滞納処分が国家賠償法一条にいう「違法」な公権力の行使に当り、担当公務員に故意過失があるということはできない。税務署長は、納税申告書を提出する義務があると認められる者が当該申告書を提出しなかつた場合には、その調査により、また、国税庁又は国税局の職員の調査があつたときはその調査したところに基づき、当該申告書に係る課税標準等及び税額等を決定する(国税通則法二五条、二七条)のであつて、右決定は、その時点において根拠となる調査が相当であり、かつ、これに基づく判断に客観的な合理性が認められるかぎり、国家賠償法一条の「違法」な公権力の行使に当らないと解するのが相当であるからである。

三  そこで本件賦課処分の前提として所轄税務署長が行つた調査の内容及びこれによつて認識した事実について検討する。

成立に争いのない甲第四号証の二ないし二二、乙第二ないし第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇ないし第二二号証、第二三号証の一、二、第二四号証の一、二、第二五ないし第二七号証、第二八号証の一、二、第二九ないし第六二号証、第六三号証の一ないし三、第六四、第六五号証、第六六号証の一ないし三、第六七ないし第七四号証(乙第六六号証の一、二、第七〇ないし第七四号証については原本の存在とも。)、第九二ないし第一四九号並びに弁論の全趣旨とこれにより成立の認められる甲第四号証の一を併せ考えれば、以下の事実が認められる。

原告は、本件課税各年当時、肩書地において不動産仲介業を営むなどしていたが、課税各年分について所得税の確定申告書を所轄税務署長に提出しなかつた。税務署長は、原告が名鉄に対し本件地区の土地を大量に売却する等して多額の所得を得ているものとして調査を試みたが、原告は、右土地取引に関する帳簿等の記帳をせず、関係書類の保存もしていないことを理由に、資料の提出を求められてもこれに応じないなど調査に全く協力しなかつた。そこで、税務署長は、次のとおり右土地の取引先に対し反面調査を実施して原告の所得の把握に努めた。

(一)  まず、名鉄及び名鉄不動産に対する調査によつて、名鉄が原告から別紙(二)の「売上額」欄記載のとおりの金額で本件土地を買い上げた旨の処理がなされていること、本件土地の取引中別紙(二)の昭和三六、三七年分の一部につき、同一地主作成名義の同じ土地の売買に関する領収書でありながら、地主によつて領収金額の記入されたものと当初金額欄が白地であり右金額と合算して名鉄の買上価額に一致するように後日原告によつて補充されたと思われるものとの二通の領収書が存する事例が相当数見受けられたこと、本件土地の各地主からの買上げに地元の不動産業者である籾山弥八らが関与していること、以上の事実が判明した。

(二)  次に、本件土地の各地主に対する実地調査及び書面照会の結果によると、各地主の具申した譲渡金額に相当の格差があり、そのすべてが真実の取引価額を述べているとは考えられなかつたものの、各地主の所有地について、名鉄による買上価額(別紙(二)の「売上額」欄記載の金額)と各地主の譲渡実額との間に無視し得ないほど大きい差額が存することが明らかとなつた。

(三)  さらに、本件土地について地主からの買上げに当つた籾山に対する調査によつて、籾山が地主から本件土地を買い上げ、これを原告に売り渡す形式により本件土地の売買に関与したことが明らかとなり、籾山は、右売買により相当の所得のあつたことを認めていたが、(二)の差額がすべて自己の所得となることは否定し、名鉄による本件土地の買上価額を相当程度下回る額で原告に売り渡した旨申し述べた。

(四)  税務署長は、本件取引による利益にかかる原告の資産増を把握すべく原告の資産を調査した。この調査の結果、原告が数口の銀行預金口座を開設し、これらの口座に本件土地の買入資金として受ける名鉄からの前渡金の入金があつた事実が確認されたが、これらの口座からの出金はほとんど現金でなされ、原告の協力も得られなかつたため、使途は解明できなかつた。こうして、本件土地の取引による売買利益に相当する原告の資産増は把握できなかつた。

四  本件賦課処分を行うに当つて、所轄税務署長又は調査担当官岡崎に国家賠償法一条にいう故意又は過失があつたか否かについて検討する。

1  本件取引の性質決定について

所轄税務署長らが本件賦課処分において本件取引の性質を売買と判断したこと、右判断に当り、税務署長において、原告が名鉄から立木補償金名義で取引額の三パーセントに相当する手数料の支払を受けている事実を認識していたことは、既に述べたとおりである。また、弁論の全趣旨によれば、本件取引の実体は、名鉄の名を出さずに買収するための手段として、いつたん原告において買収してきたものを名鉄が買い取る形式をとつたことが認められる。しかし、本件土地の売買に関する税務調査の結果、名鉄の会計帳簿上、原告から別紙(二)の「売上額」欄記載のとおりの金額で本件土地を買い上げた旨の処理がなされていること、名鉄による買上価額と各地主の譲渡金額(正確に特定できないにしてもおおむね把握し得る実際の金額)との間に無視し得ないほど大きい差額が存し、右差額から籾山の取得したと思われる分を控除しても、なお売買差益として把握すべき相当額が認められたこと、原告は右税務調査に協力しなかつたうえ、本件土地の取引中別紙(二)の昭和三六、三七年分の一部につき、同一地主の作成名義の同じ土地の売買に関する領収書でありながら、地主によつて領収金額の記入されたものと、当初金額欄が白地であり右金額と合算して名鉄の買上価額に一致するように後日原告によつて補充されたと思われるもの、との二通の領収書が存する事例が相当数見受けられたことは、前記認定のとおりである。

したがつて、所轄税務署長らが以上の事実に基づいて本件取引を売買と判断したことには十分な理由があり、なんら違法な点を見出すことができず、税務署長らに故意過失があるということはできない。

なお、成立に争いのない甲第八号証及び乙第一号証によれば、本件取引の性質については、別件一、二審判決を通じて単なる仲介ではなく、原告には立木補償金名義の収入の他に売買差益の収入が予定されており、現に相当の収入があつたものと認定されているところ、本訴において原告本人は、立木補償金名義の仲介手数料を受取つたに過ぎない旨その主張に う供述をしているが、右供述は到底採用できない。

2  課税標準の認定

前掲乙第一、第三号証、第七ないし第五七号証(枝番省略)、第六七ないし第七四号証、第九二号証ないし第一四九号証、甲第四号証の一ないし二二、甲第八号証及び成立に争いのない乙第二号証(甲第五号証)乙第四ないし第六号証、甲第六号証の一ないし九によれば、以下の事実が認められる。

調査担当官岡崎及び所轄税務署長は、名鉄及び名鉄不動産に対する反面調査により別紙(二)の「〈1〉売上額」欄記載のとおり原告の本件土地の売上金額を把握した。これに対し原告の本件土地の仕入金額はこれを裏付ける原始記録が見当らず、かつ、調査に対し原告の協力が全く得られなかつたため、実額把握が困難であつた。そこで、税務署長はやむを得ず地主と籾山に対する調査により、籾山の地主からの仕入金額と籾山の本件土地の売買利益(坪当り一〇〇円の約定現地仲介人手数料を含む。)をそれぞれ次のように推計し、両者を併せたものを原告の本件土地の仕入金額と推計した。

(一)  籾山の地主からの仕入金額

まず、実地面接及び書面照会により各地主に対し、籾山への売上金額を調査した。これを、名鉄等への調査によつて把握できた別紙(二)のとおりの本件土地の売却年月日順及び売却地域別一覧表にして比較検討した結果、実際の金額を表わしていないと認められる者を抽出し、再度実地面接をするなどして実額把握に努めた。これらによつても確認できなかつたものについては、確認できた資料を基に、実地調査の結果聴取した個々の事情等を考慮のうえ、同一地域で同時期に仕入れられたものの最高取引価額(坪単価)により推計した。

(二)  籾山の売買利益

籾山は本件取引の現地における仲介で、約定の坪当り一〇〇円以上の利益を得ていたが、これを裏付ける原始記録がなかつたため、資産負債増減法により、籾山の本件土地の売買利益を推計した。籾山は右金額を認め、これに基づいて修正申告をした。

原告本人の供述中以上の認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の各事実及び三で認定した事実に弁論の全趣旨を併せて考えると、名鉄による本件土地の買上げに伴い、その譲渡人に多額の売買差益が生じたこと、右譲渡人として考えられるのは、本件土地を所有していた別紙(二)「所有者欄」記載の所有者、地元の不動産業者である籾山及び原告をおいて他になく、右売買差益もこれら三者のうちの何人かに帰属していることに疑問の余地がないこと、したがつて、所轄税務署長の当面した問題は右三者のうちの誰にどれだけ売買差益による所得が生じているかを決定するに尽きたこと、ところで、本件土地の売買のように代金額の大きい取引については、売買契約書、領収書、売上帳簿等の作成、受領、保存がなされ、代金も手形、小切手、あるいは口座振込みでなされる等の事態が通常考えられるし、前記三者のような立場に立つ者は、一般に所得税を少しでも免れようと企図すれば自己の売上金額を過小に主張し、あるいは仕入金額を過大に主張しようとするなど相互に利害の対立する関係にあること、したがつて前記三者が、本件土地の売買に関し、自己の売上金額又は仕入金額について税務署長による正当な認定を受けるためには、右各金額の根拠となる正確に金額の記入された売買契約書、領収書、売上帳簿等の作成、受領、保存が不可欠であるうえ、さらにその金銭面での裏付けとして手形、小切手の発行・取立て、銀行預金口座における出入金の記帳を行う等の外形的・客観的事実が必要であつたこと、しかるに、原告の仕入金額を構成すべき原告と籾山との間の本件土地の取引価額について、これを裏付けるべき各種の原始記録の作成、受領、保存が全くなされておらず、代金の決済は現金で行われていたうえ、所轄税務署長の調査に際し原告の協力が得られなかつたこと、しかも、籾山は、別紙(二)「所有者欄」記載の所有者との売買契約に際し、課税対策の目的で右各所有者に実際の代金額とは異なる金額による売買契約書及び領収書並びに領収金額欄白地の領収書を作成させてこれを受け取り、原告に渡したこと、右の領収金額欄白地の領収書については右記載のある領収書の金額と合算することにより名鉄の買上価額に一致するように後日原告によつて補充されたと思われるものが相当数存したこと、以上の事実が認められる。

しかして、右事実によれば、名鉄による本件土地の買上げに伴い、本件土地を所有していた者、地元の不動産業者である籾山及び原告の三者の何人かに多額の売買差益による所得が生じていることに疑問の余地がなかつたところ、それが誰であるかは別として右による所得を得ている者が売買当時、脱税目的で、他の者と相通じ正確な代金額を隠ぺいしようとしたと考えることに十分な理由のある状況が存したものというべきであるから、所轄税務署長らが前記のとおり各地主に対する調査を行つたうえ、その結果を時期、地域別に比較検討して綿密に推計をし、原告による本件土地の仕入金額を認定してこれに基づき売買差益を判断したことに経験則上違法な点があるということはできない。

3  資産増の把握

前掲乙第五八ないし第六二号証、第六三号証の一ないし三、第六四、第六五、第六六号証の一ないし三及び第七一号証によれば、次の事実が認められる。

本件の調査担当官である岡崎は、東海銀行笹島支店(原告名義の当座預金)、三井信託銀行栄町支店(原告名義の普通預金、通知預金、貸付信託、貸付金)、三井信託銀行名古屋支店(原告名義の当座預金及び原告が代表者である日本鑑札株式会社(以下「日本鑑札」という。)名義の当座預金、定期預金)、三井銀行名古屋駅前支店(日本鑑札名義の当座預金)、東海銀行武豊支店(原告名義の普通預金)、三菱銀行名古屋駅前支店(原告名義の当座預金、普通預金)南陽町農業協同組合(以下「南陽町農協」という。成田浪子(原告の妻成田なみの通称)名義の普通預金)等の金融機関について調査した結果、名鉄から原告に支払われた二億数千万円にのぼる本件取引の前渡金のうち殆んどがこれら原告及び日本鑑札名義の口座に振込まれており、このうち数百万円が南陽町農協の成田浪子名義の口座へ数十回にわたり小切手で振込まれていること、また三〇〇万円が三井信託銀行栄町支店に対する原告の借入金の返済にあてられていること、原告は昭和三五年末から同三七年にかけて総工費三〇一万円で家屋を改築しているか、うち代金二三七万円は三井銀行名古屋駅前支店の日本鑑札名義の当座預金から九回にわたり支払われていることを把握した。また、これらの原告及び日本鑑札名義の各口座間で数千万円が振替えられているほか、その余の前渡金及び振り替えられた外のものは殆んどが現金で出金されていることが判明した。この後の資金の流れについては原告は岡崎の説明協力の求めに応じなかつたのでこの点の解明は不可能となつた。岡崎はその余の資産の把握にも努めたが、本件取引による原告の売買利益と認定した時に相当する資産増は具体的には確定できなかつた。

右の事実によれば、税務署長らは、結局原告の所得と認定したものに相当する具体的な資産増の把握はできなかつたが、前記認定のとおり原告が名鉄からの前渡金を多数の口座に振込ませ、これを妻名義の預金口座に振替えたり、自己の借人金返済や家屋改築資金に流用している事実及び多数回にわたつて多額の現金出金をしている事実が判明しているのであるから、税務署長らが原告からその使途について説明を得られなかつたため、原告がこれを恣意的に処分する可能性があると考えたこともあながち不合理なこととはいえない。しかして、前記のとおり本件土地の売買に関し所得を得た者が脱税目的で正確な代金額を隠ぺいしようとした状況が存したのにかかわらず資産増を正確に把握できないため推計に基づく課税が許されないとすれば、左の者が脱税目的を達成するのを容認するに等しい結果を来たすこと並びに原告の損益法による所得認定には詳細な調査がなされていることに照らせば、資産増の把握ができなかつた事実をとらえて税務署長らに故意過失があるということはできない。

五  以上認定判断してきたとおり、本件税務調査及びこれに基づく本件賦課処分をなすに当たり税務署長らに故意過失があつたと評価することはできない。また、右賦課処分に伴う滞納国税に基づく本件滞納処分をなすに当たり担当公務員になんらかの故意過失があつたと認めるに足る証拠も存しない。

よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民所法八九条を雇用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 土田勇 裁判官 高世三郎 裁判官 水谷美穂子)

別紙(一)

〈省略〉

別紙(二)

物件別売却価格及び買入価格明細表

一 昭和三六年度分

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(参考) 1 字名欄のカル田は愛知県知多郡武豊町大字冨貴に所在する。

2 〃 深谷は 〃

3 〃 南曽原は 〃

(以下昭和三七、三八年分について同じ)

二 昭和三七年分

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〈省略〉

(参考) 1 字名欄の黒山は武豊町大字富貴に所在する。

2 〃 下別酋は 〃

3 〃 中田は

4 〃 沢は常滑市小鈴谷に所在する。

5 〃 細谷は 〃

6 〃 奥沢は 〃

(以下昭和三八年分に同じ)

三 昭和三八年分

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